トイレとウォシュレットはどのように変化してきたのか?

2014-11-06

男性5回、女性7回――。

 これは日本人が1日当たりにトイレに行く回数と言われているが、日本人は神聖さや穢(けが)れの象徴として、また異界への入り口としてトイレを特別視するという独自の歴史を有している。

 お産を助けてくれる便所神が住んでいるから、トイレをキレイに掃除をしたらキレイな子どもが生まれると言い伝えられている。このほか便器の奥から人の手が出てくる怪談がまことしやかに語られ、さらに近年では「トイレの花子さん」に代表される都市伝説の舞台となってきた。

 古来、日本人には隠微で秘めやかな排泄空間としてのトイレに対して、特別な思い入れがあるのかもしれない。こうしたメンタリティが根底にあっての ことだろうか、世界に類を見ない数々のイノベーションを経て、今や、日本はトイレ周りの製品開発では世界をリードする存在になっている。

 そして、その代表格こそ、便器の国内トップシェアを有するTOTOが開発した温水洗浄便座「ウォシュレット」であろう。2009年3月の内閣府の消費動向調査でも、温水洗浄便座の普及率は69.1%になっており、我々の日常生活に深く浸透していることは明らかである。

 今回は同社において、住宅用ならびに海外市場向けのウォシュレット開発の指揮を執る林良祐さん(住宅商品開発第1部、国際レストルーム開発部・部長45歳)にお話をうかがった。

明治期の先見の明

yd_hayashi.jpg ウォシュレット開発に携わる林良祐さん

 「学生時代、トイレなど水周りが不便で、これを良くすることができれば、生活のステータスが上がると思ったんですよ」

 それが入社動機だったと語る林さんであるが、実際、日本のトイレ事情は先進諸国の中でも長く低い水準にあった。と言っても現代の若い人には、なかなかピンと来ない面もあると思うので、ここで日本のトイレ事情の歴史を振り返っておこう。

 そもそも水洗トイレは19世紀の英国で急速に発展したものであり、明治維新後の文明開化政策の一環として、日本もトイレの水洗化を進めることは可 能であった。しかし江戸時代以降、日本社会は糞尿を肥料として農業に利用するシステムが確立されていた。そのため当時は、糞尿が高値で売買され、国を挙げ ての水洗化は進まなかったと言われている。

 それは一方で、大きな課題を残すことになった。全国の家庭や事業所が糞尿を溜め込むこととで、悪臭はもとより、各種伝染病の温床になっていった。 そんな中、日本の代表的輸出産業だった陶磁器製造の中心的存在・森村財閥の大倉孫兵衛・和親親子は、1903年に白色硬質陶磁器の研究のため渡欧の際、日 本でも衛生陶器の需要増大が期待できることを見抜き、日本陶器合名会社(1904年、現ノリタケカンパニーリミテド)、そして同社内に衛生陶器開発のため の製陶研究所(1912年)を設立した。

 1914年には国産初の「陶製腰掛け水洗便器」を完成し、1917年、ついに衛生陶器のメーカーとして東洋陶器株式会社を創業する(初代社長には大倉和親氏が就任)。これが、現在のTOTOの出発点である。

 

しかし日本国内では市場が未発達であるため、同社では磁器製食器も製造・販売し、衛生陶器に関しては、主としてハイエンド層への浸透を図っていった ようだ。太平洋戦争の敗戦後、日本農業にも化学肥料の波が押し寄せるとともに、進駐軍によってもたらされたサラダなどの欧米型食習慣(生野菜摂取)が寄生 虫の体内侵入リスクを高めた。そして日本でもようやく糞尿の肥料化というシステムが下火に向かい、下水道の全国的な整備、トイレの水洗化に本腰を入れるよ うになった。

 そして50年かけて、日本の下水道普及率は60%、水洗トイレの住宅普及率は80%へと上昇していくのである。その間の東洋陶器は、日本経済の高 度成長と全国規模のトイレ水洗化の波に乗って、ハイエンド層だけに留まらず一般の生活者層にまで水洗トイレを普及させていった。しかしそれにもまして、敗 戦後の最も顕著な特徴は進駐軍によって、いわゆる洋式便器が日本社会にもたらされ普及していったことであろう。

 当時の筆者の転居先も進駐軍将校官舎跡だったことから、1960年代前半には洋式便器の生活が始まり、不慣れゆえの数々の珍騒動を巻き起こしたものである。

 1964年(東京オリンピック開催年)の東洋陶器は、アメリカン・ビデ社製の「ウォッシュエアシート」、伊奈製陶(現INAX)は、スイスのクロ ス・オ・マット社製洗浄機器一体型便器「クロス・オ・マット・スタンダード」をそれぞれ輸入販売し、洋式便器からさらに一歩踏み込んだ、日本におけるシャ ワー付き便器の歴史がここに始まる。

ウォシュレットの誕生

yd_toto.jpg ウォシュレット初代機

 1977年には、ついに洋式便器の販売が和式の販売数を超え、日本のトイレ事情は新しい段階に入る。

 1980年、東陶機器(1970年に東洋陶器から東陶機器に商号変更)はウォシュレットを発売。「お尻だって洗ってほしい」というテレビCMは評 判を呼び、商品自体もその後のバブル景気の後押しもあって、大ヒットとなった。このウォシュレットを評して、中高年男性の痔主の方々にとっての福音である かのような言説も多かったが、肛門科に入院する人には当時から若い女性が多かったことは周知の事実。なので性別・世代を問わないニーズが、そこに存在して いたのである。

 続いて世に出たのが、暖房便座付きのウォシュレット。寒冷地はもとより冬のトイレは、脳溢血などを引き起こすリスクがあったので、この新機能によって、トイレがもたらす健康面へのマイナスインパクトをかなり低減することになった。

 「ウォシュレットの登場が歴史的にどんな意味を持つかご存知ですか?」そう言って林さんは微笑んだ。

 「トイレに初めてコンセントが入ったということなんですよ」

 換言すれば、それまで陶磁器製品の1つという位置付けだった便器が、エレクトロニクス関連商品という位置付けへとシフトした画期的な瞬間だったということだ。

東陶機器のイノベーションは続く。1988年、女性用消音装置「音姫」が誕生。女性たちが、用をたす際に排尿・排便の音を他人に聞かれるのを嫌い、トイレの水を余計に流す習慣に鑑み、この商品は開発された。

 消音装置自体は「音消し壺」の例に見るように、江戸時代から存在するが、それを水資源の節約という観点から商品化した点にこそ音姫の独自性はあ る。現在のように、地球環境問題が騒がれるはるか前からこうした取り組みが行われた背景には、東陶機器が本社を置く福岡県が、日本有数の渇水地帯だったこ とがあろう。

 1978年の福岡大渇水後、福岡市が節水条例を制定したのを機に、同社は節水型便器を開発した。それ以降、同社製品は節水型をスタンダードにして、現在のような世界のトイレ市場をリードする超節水型へと進化・成長していくのである。

 林さんはさらにこう語る。「1992年には、ウォシュレットに脱臭機能が付いたんですよ。フレグランス系のトイレ消臭剤が世の中に出回っていますが、出したモノの匂い自体がなくなるわけではないので根本的な解決にはなりません。

 この機能は家庭で、子どもたちに『お父さんが使った後は臭いから嫌だ』と言われている現実に注目し、そうしたお父さんたちの、家庭内での肩身の狭い思いを解決してあげたいという願いがこもっているんです」

 それ以降のウォシュレットをめぐるイノベーションは留まるところを知らず、今や、ハイテク機器そのものとなっている。しかも、ハイテク機器にあり がちな一部マニアにしか使いこなせないという欠点を克服し、身体障害者や高齢者、そして幼い子どもたちであっても、気軽に心地よく利用できるようにしてい る点は評価されよう。

 一例を挙げるならば、最新型ウォシュレットの操作のベースとなるフラットリモコンは、指や手を使わなくとも、肘などでも押せるようになっており、ノーマライゼーション実現に貢献する製品になっている。

米国での苦労の日々

 以上のようなTOTOのウォシュレットを中心とする商品群は、世界各国でも高い評価を得ているようである。

 「でも、最初は大変だったんですよ」と、林さんは苦笑する。

 「1994年から1998年まで米国でセールスエンジニアの立場で販売に携わったのですが、米国は本当に難しかったのです。なにしろ、元々がトイ レと同じ空間にシャワーが存在する文化ですから、便器にシャワーが付いていることに意味を感じてもらえなかったんですよ。特に東海岸は、保守的で難しかっ たですね。

 それに加えて米国の3大ネットワークでは、下半身絡みのCMは流せませんでしたから、なおのこと難しかったんです。

 しかしそうした状況が一変したのは、長野冬季五輪(1998年)でした。3大ネットワークがこう報じたんですよ。『日本のトイレの便座はいつも誰かが使った後である。いつも温かい。しかもシャワーが付いている』と。まずはヒーター機能が注目されたんですね」

 これ以降、次第に状況は好転していったようだ。

 「それでも、ブランドの大切さを痛感しましたね。当時、米国でTOTOと言っても現地の人は誰も知らない。あくまでも、Made in JAPANということで評価してくれたんです」

ウォシュレットを中心としたTOTOのトイレ周りの商品は、今後の世界市場で、どのような発展を遂げようとしているのだろうか?

 「ターゲット層を申し上げるならば、それは、世界各国の意識の高い富裕層、すなわちハイエンドな顧客です」と林さんはキッパリと言い切る。

 それには、明確な理由がある。

 世界の人々のトイレ事情は、我々日本人が想像する以上に多様を極めている。現在でも男性の9割が座って小用をし、女性の9割が立って小用をする国 がある。それだけでも驚きなのに、世界各国では男女を問わず、大でも小でも立位・中腰・しゃがみ込みなど、実にさまざまな体勢で用を足しているのである。

 それも我々がイメージするトイレという密閉空間の、しかも便器の中で行われると考えるのは一方的過ぎる見方で、中には水中でないと用を足せない国民もいる。さらには男女を問わず、大であれ小であれ、用をたした後で拭くという習慣のない国も多い。

 これらの違いは宗教的な戒律や民族衣装の形態的制約、さらには気候から来る必然性、食生活の特性から来る便質の違いなどに起因し、それらが相互に絡まって現在に至る排便習慣をもたらしているのである。

 しかし、いかにこうした相違が存在しようとも、どんな国でもハイエンド層といわれる人々は、そうした歴史性・地域性を片方に持ちながらもグローバ ルスタンダードを指向し、世界の先進的なテクノロジーをいち早く自らのライフスタイルに取り入れていく積極性と経済力を有している。だからこそTOTO も、まずはそうしたターゲット層を指向することになる。

 「例えば中国で、ハイエンド層が全人口の仮に1%だったとしてもですよ、一体どれくらいの数になると思いますか?」。そう言って林さんは微笑む。

 今年TOTOは、欧州でのデビューを果たした。「欧州では、機能性よりもデザイン性が求められるんですよ」。いかにハイエンド層といえども、米国ではまずヒーター機能が注目されたように、国・地域によって、目のつけどころは異なる、ということなのだろう。

TOTOと、日本のトイレ文化の今後

 便器が陶磁器製品からハイテク製品へと変貌してから既に20年以上の月日が経過した。それとともに、この事業分野への世界的エレクトロニクス企業の参入も進み、さらには樹脂製便器の開発も進展していると伝えられる。

 将来の業界勢力図が、どのようなものになるのかは、筆者には分からない。しかし、1917年の創業から90余年。トイレへの並々ならぬ思い入れをもって、次から次へと驚くべきイノベーションを実現してきたTOTO。

 こうした「トイレから文化を作っていきたいという想念の深さ」と「イノベーティブな社内風土」が脈々と息づいている限り、どんな厳しい業界環境に なろうと、生き残ることは可能なのではないか、と筆者は思う。林さんの開発チーム、そしてTOTOがいったいどんなトキメキに満ちたトイレを世に送り出し てくれるか、楽しみである。

Copyright(c) 2013 ウォシュレット取り付け王 All Rights Reserved.